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僕が子供だった昭和の頃、デパートの催事場では奇妙な展示がよく企画された。

「月面地下世界への招待」であったり、「東西妖魔大宴会」であったり。

僕と兄は祖母に連れていってもらっていたけれど、いつも兄のセレクトによって、展示は足を運ぶ価値のあるものとないものに振り分けられた。ある展示に行くまで、僕は兄を信じて、それに従っていた。

 

ふたりとも小学校の夏休みだった。

新しくソフトを入手した兄は、スーファミとテレビを独占して、朝から晩までクリスタルと剣の世界に没頭していた。弟の僕は物語が進むのを隣で眺めているしかない。遊ばせてくれとしつこくせがんで、時々レベル上げと資金稼ぎのための戦闘を任される。それも死んでしまえばコントローラーはすぐさま剥奪された。うちに限っていえば、弟っていうのはひどく弱い立場の存在だった。

 

「新しいのが来るよ。行く?」

ふてくされてかき氷を食べる僕に、祖母が新しい展示のチラシを見せてくれた。シンプルなチラシだった。「東西妖魔大宴会」などに見られた過剰なおどろおどろしさや、奇怪さはなく、真っ白な壁に端正な書体で「脚展」と記されていた。正直、興味をそそられなかった。冒険の気配が感じられなかったから。

「お兄は?」

「パス。おれは行かない。ああまた最初に戻った。なんだよこの仕掛け」

兄はダンジョンに手こずっていた。チラシをちょっと見ることもしなかった。畳に汗がしたたり落ちた。

うちにエアコンはなかった。扇風機の風が頼りだった。

暗がりにある籐の座椅子に、薄い下着姿の祖母が身を預けていた。あんまり暑くて、祖母の肉が垂れているのだか溶けているのだかわからない。

かき氷もどんどん溶けていた。

蝿がうるさく寄ってきた。

デパートの清潔な涼しさを想像した。きっと、僕がねだれば、祖母はソフトクリームくらい買ってくれる。

家で暑さと退屈に耐えつづけるよりは、ずっとましな気がした。

「ばあちゃん、僕行く」

 

そんなわけで、初めて兄なしで展示へ出かけた。

午後のデパートは買い物よりも涼むことを目的にした客が多いように見受けられた。誰もが鈍い動きのぐってりした生き物と化していた。影も赤々と焦げつく猛暑の日々だったから。

三階催事場の一角に〈脚展〉は設置されていた。いつもよりも規模がちいさかった。白い壁がつくられて、出入り口にちいさな文字で「脚展」と書かれていた。受付では白い洋服を着た白い肌の女性がチケットを切っていた。注射器を連想させる尖った雰囲気の人だった。刺されそうな気がして怖かった。祖母を盾にして、僕は受付を通り過ぎた。

 

壁でしきられた展示場は細長い通路になっていて、それがいくつも折れ曲がっていた。

通路には大小の透明な瓶が一定の距離を保って点々と配置されていた。

瓶には様々な生き物の脚がホルマリン漬けされていた。

 

蛙。

豚。

兎。

烏。

犬。

 

それぞれに注釈が記されていたけれど覚えていない。

通路には僕と祖母のほかには誰もいなかった。外の灼熱と喧騒が嘘みたいにとても静かで、デパートの中でもひときわ涼しかった。涼しいというよりも、冷たい。なんのために収集した脚なのか、集められた脚たちの無言の抗議が空気を冷たくさせているように感じた。

祖母はホルマリン漬けの瓶を見るよりも注釈を読む時間の方が長かった。特に感心した様子も心を打たれた様子もなかった。

僕はもう体が冷え切っていた。死んだ動物の脚が瓶を割って走り出すのじゃないかという気がした。早く外へ出て、ソフトクリームじゃなくて、ドーナツでもねだろうと思った。ゆっくり注釈を読む祖母を置いて、僕は先に進んだ。

 

すると、出口の手前に、ずいぶん大きな瓶が置かれていた。

白い照明を浴びて、それは一瞬髪の長い女性の姿に見えた。

もちろん、錯覚だった。一本の、人間の脚が浮いていた。

ただ、それは見慣れたものよりも奇怪だった。

指の数が少なく、どこがとははっきりわからないけれど、どこかが歪んだ輪郭をしていた。

気味悪くは感じない。

そう、最初の錯覚そのもの。

髪の長い女性に思えた。

憂いを帯びた、大人の女性だ。

僕がそこにとどまっていると、祖母がやってきて、注釈をぽそぽそと読みあげた。

 

1945年、左藤彦丸医師が浜で捕獲した人魚の脚。嵐のあと、砂浜に打ちあがった人魚を観察していると、徐々に魚の半身が干からび、縮み、一本の人間の脚に成った。子細を尋ねようにも言葉が通じない。一本のみの脚では立つこともできなかった。左藤医師は人魚を診療所へ運び帰ったが、その晩には事切れた。空気が合わなかったのだろうと観察記録に記されている。不思議なことに、上半身は泡になって骨まで消えた。一本の脚だけが残った。左藤医師は、人魚の何かしらが一本の脚に凝縮したのであろうと推測している。この脚はそれを保存したものである」

 

その夜、僕は夢を見た。

憂い顔のうつくしい人魚は、岩場から脚を下ろしていた。

なんの目的があったのか、彼女は立派な尾鰭を、人間の脚に変えてしまったのだ。

薬を使ったのか、手術をしたのか知らない。

夢のなかで、彼女は二本の白い脚を海に垂らして、ほほ笑み、涼んでいた。

泡立つ波と、透明な太陽が、彼女の脚をどんどん白くさせていた。

 

僕は海から彼女を見ていた。

彼女とは真逆に、僕の半身は魚に成っていた。

それは交換だった。

医師に見つけられて、彼女はもしかしたら必死に逃げようとしたかもしれない。それを想像した僕は、彼女に同情したのだ。

僕が魚になる代わりに、彼女が人間の脚を与えられたら、そこには幸福があるような気がした。陸と海を交換して、僕らは離れ離れの双子のように笑い合った。

 

翌朝、洗面所に並んで歯磨きしている時、兄から「脚展」の感想を尋ねられた。ちょっと気にはなったのかもしれない。いつも兄弟そろって行くのに、弟だけが行ったのだから。

でも、僕は言葉にできなかった。いや、言葉にしたくなかった。僕の想像や夢を話しても、きっと兄にはでたらめにしか聞こえない。僕にだってわからない。どうしてあの一本の脚が女の人だと錯覚したのか。見たこともないはずの、憂い顔の人魚をはっきりと想像できたのか。

だから、僕と人魚だけの秘密だ。

 

 

今も、暑さが増し、夏が近づいてくると、人魚の脚を思い出す。

そして、砂浜を歩き、海へ飛びこみたくなる。