とりとめもない日々


Day01_黄昏

 

西向きの部屋に鳥がやってきて、サイダーを持ってこいと云う。

グラスに氷をキンキンに詰めて、ミントも浮かべろと注文をつける。

そして、宵にはんぶん包まれた窓辺で、それを飲めと命令する。

まるで海底みたいな色のサイダー。

ぷちぷちと喉を叩きながら落ちてゆく。

頭にとまった鳥の軽やかさ。

「嫌なことなど流れてゆくでしょう?」

確かに、涙未満の気分は泡になって消えた。

でもそれは、君が頭の上にいるからだ。

 

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Day02_金魚

 

ふた駅向こうの街の人らが、あんまり嘘をつくので、神さまがいたずらして、嘘をつくたび、口から金魚が飛び出るようにしたらしい。

と、聞いたので。

鳥と一緒に街に見物に行った。

 

真っ赤な尾鰭がひらひらと、それはきれいにいくつも宙を泳いでいた。

 

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Day03_謎

 

今朝、起きたら右の頬に鳥の足跡がひとつついていた。

昨日は左の頬についていた。

思い返すと、ちかごろ毎朝、交互に、頬に足跡がある。

 

鳥に、どうして踏むのか尋ねたが、タブレットの猫動画に夢中なふりをしている。

 

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Day04_滴る

 

「雨はすごいですねえ、神さまの高さから飛んでくるんだもの。どんな羽を持っているんでしょう」

窓越しに雷雨をうっとり見つめ、鳥が云う。

鳥は、自分が飛べない場所はみんな『神さまのいるところ』と云う。

そして、そこに近づこうと、鍛錬している。

風鈴から雨が滴っている。

 

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Day05_線香花火

 

ぼんやり空を見あげていたら、星がパチパチっと火花をまとって、真っ逆さまに落ちた。

ひとつ、ふたつ······

急いで鳥を呼んだのに、鳥が肩に止まったときには、空は澄まし顔になっていた。

 

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Day06_筆

 

鳥が尾羽に絵の具をひたして、壁に絵を描いている。

私には、よさのわからない絵だ。

わかるってなんだろう。

好きってこととも、苦手ってこととも違う。

わからないから好きってのもあるけれど、好きかどうかもわからない。

なんとなく気になるような。気になるような気がするから気になるのか。

鳥も、それがなんだかわかっていないみたいだ。

ただ、夢中で色を選んでいる。

「楽しい?」

「はい」

もしかすると、次にこの部屋に越して来る誰かには、わかるのかもしれない。

 

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Day07_天の川

 

鳥が帰ってこないから、窓を開けたままにしている。

鳥には鳥の約束があるのだという。

冷蔵庫が鳴っている。

ひとりの夜は、足もとがぜんぶ透明になって、宇宙に浮かんでいる気がしてくる。

星のひとつぶになったような心細さで、ハチミツコーヒーを飲んでいる。

 

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Day08_さらさら

 

今夜も鳥が帰ってこない。

冷蔵庫が鳴いている。

どこから来たのか、語りもしない鳥だった。

ある日、とつぜん、窓から飛びこんできたのだ。

明日も明後日も部屋に留まっているのだろうと漠然と過ごしていたけれど、そんな約束もしていないし、約束をするつもりもない。

私が一緒に暮らせるのは、やはり鳥だと思う。

犬のぶ厚い愛情には耐えられない。

猫ではかしずいてしまって、こんな不在があったら心を失くして取り乱すだろう。

鳥は、風とともにやってくる。捕えておこうとも考えない。あれは羽があるから、私では届かない梢をゆらす生きものだから。帰るも帰らないも、飛ぶも飛ばないも自由と、私が思えるのは、鳥くらいだ。

それでも、砂時計を逆さにして、ガラスのなかの音に耳を澄ます。

言葉にはしない何かがさらさらと流れている。

 

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Day09_団扇

 

あの時、ひんやりと、おしぼりで目を蓋されて、休んでいた。

従兄弟らがふざける音が床伝いに聞こえた。

まあたらしい茣蓙の匂い。

そよ、そよと。

ずっと誰かが扇いでくれていた。

たおやかな白い手が見え、油蝉が夢の辺縁を焦がしてゆく。

叔母の葬儀は夏だった。

 

そこで、羽ばたく音が聞こえて飛び起きた。

頬に鳥の足跡がついている。

鳥がカップの水を飲んでいた。

「おかえり」

 

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Day10_くらげ

 

くらげに刺されてしまった。

 

夜になって、皮膚は、熱くならないものの、ぷるぷると丸くふくらんできた。

「ゼリーみたいですね」

鳥に嘴でつつかれたとたん、それは破れて、青白いくらげが、ゆらりと宙に浮かび、窓から逃げていった。

 

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Day11_緑陰

 

夏の太陽は、いくらか地球ににじり寄っている気がする。

あまり近づかれると困る。

石でつくられたこの街で、トカゲの一匹のように生きる私。

アスファルトに黒く干からびてはりついてしまいそうな、真昼の信号待ち。

蝉が耳のなかで鳴いている。

週末は、鳥を誘って、森に行こう。

ラムネを買って、きっと行こう。

 

ビルの影に緑の幻を重ねて、横断歩道を行く。

かろん、と、ビイ玉の落ちる音が響いて、耳から蝉が消えた。

 

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Day12_すいか

 

電線上、鳥が、カラスから何かを受け取るのを目撃した。

一瞬、鳥がこちらを見たが、まるで見ず知らずな顔をしていた。

私はなんとなく察している。

鳥は運び屋のような仕事をしている。 スパイなのかもしれない。

ある日、鳥の寝床から西瓜の種が出てきた。

軽く力を込めると、種は潰れて、幾何学模様の言葉が宙に広がった。

それから、気まぐれではあるが、私は西瓜の種を集めている。

鳥が困ったときに、いくつか譲ってあげてもいい。

 

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Day13_切手

 

私と鳥はそろって、外国の古い切手が好きだ。それは時も場所も、ここから遠い。

見知らぬ人々が送った手紙について、切手の図案を眺めて想像を語り合う。

ふと、交わす声の空白に、思いついて聞いた。

「いつか、君が別の人と暮らす時、手紙を書いてもいい?」

鳥は毛をすん、と、逆立てて、棚に隠れてしまった。

 

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Day14_幽暗

 

やっと鳥が棚から出てきた。

テーブルに降りるなり、西瓜に嘴をざくざくに立てた。

私が謝ると、鳥は体をまっすぐ伸ばして言った。

「いいんです。あなたに悪意はないのでしょう。あなたにあるのは、現実だけ。たんなる、僕とあなたの世界との関わり方の違い」

「でも、その言い方は、棘があるね」

「ええ。まあ、葉っぱを葉っぱのまま食べる人だなあと思いましたから」

「どういうこと?」

「人の言葉でなんて言うんだったか。身も蓋もない? 心臓に毛が生える?」

「ああ、はい」

「もしも、別の鳥と暮らす時には、あんな風には言わないであげてください。いつでも、目の前の鳥だけって顔をしてあげていてください。あなたは、変に正直だから、難しいかもしれないですけど」

「気をつける」

「そうしてください。鳥のハートの取り扱いには注意して」

まじめくさって言って、鳥は種をひとつ羽に隠した。

 

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Day15_なみなみ

 

コップになみなみとサイダーをそそぎ、ゆらゆらゆれる気分を溶かして、泡がはじけるのを、じっと見ている。

 

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Day16_錆び

 

小雨のなか、肩に鳥を乗せて、買い物に出かけた。

ひとのいない公園で、ブランコがゆれている。錆びた音がする。

「まるでこの世の果てにいるようですね」

どことなく、嬉しげに、鳥が言った。

「そうだね」

なんとなく、嬉しく、私は笑った。

傘の下は、ふたりだけである。

 

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Day17_その名前

 

私は鳥の名を尋ねないし、鳥も私の名を知らない。

ふたりである限りは、それは必要ない。

 

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Day18_群青

 

いつだったか、鳥が壁に描いた絵がある。

いさぎよい群青の一本の線が、空と海の境に見えてきた。

えんぴつでカモメを描き添える。

「このカモメはわたし」

気づかれないように、小さくつぶやく。

 

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Day19_氷

 

夏の月は溶けてしまうことがある。

私達の組合では、もしもの事態に備え、スペアの月を組合員各自の冷凍庫で製造している。

それを、アイスとまちがって食べたために、天井まで浮かんで降りられないのである。

「一緒に飛べるとはね」

鳥がハタハタと周りを飛んでいる。

 

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Day21_短夜

 

私の仕事は、〈途切れた夢〉の収集。

夏の夜の明け方には、結末のない夢がそこかしこに浮かんでいる。

網で捕獲した夢は、白紙の本に挟む。だんだんに夢はページに沁みこんで、色に変わり、図案に変わり、文字に変わる。一冊まとまるごとに、会社に送る。短夜の、映画のヒトコマだけのような夢には買い手が多いと上司が言っていた。

結した夢は、その人のものになる。

夢と対話する人は、ほんの切れ端だとしても夢を執念深く思い出そうとする。時々、パジャマ姿の人と、途切れた夢の捕獲を競争することがあるけれど、彼らはだいたい寝起きでふらふらしているので、私が負けることはない。

 

 

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Day22_メッセージ

 

画集を眺めていると、鳥が、気に入ったページに羽根を落としてよこす。

 

あとになって、栞となった羽根を見つけるとき、うつくしいものを惜しみなく讃える羽ばたきの、軽やかな明るい音がページからあふれて聞こえる。

 

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Day23_ひまわり

 

暑さに耐えかねた人々が、ひまわりとなる現象が話題になっている。

スーツを着たひまわりが、いくつもアスファルトに倒れて焦げている。

わからなくもない。鮮やかに、華やかに、ひまわりになってしまいたい。

「私もひまわりになるかもしれないね」

「そうしたら、僕が種を食べてもいいですか」

鳥の嘴がするどくつややかで、ついばまれたらひどく痛そうである。

 

 

 

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Day24_絶叫

 

外を眺めていると、みんなオセロゲームをしているみたいだ、と感じる。

白を黒に変えるのも、黒が白に変わるのも、その数を競うのも、苦手だ。

 

内に鳥といると、私達は白にも黒にもならないでいられる。

ここは、絶叫の渦のなかのただひとつ静かな場所に思える。

 

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Day25_きらきら

 

細い路地の奥で、光の屑が柱のように立っていた。

屑のひとかけらずつが、忘れられた誰かの声の一部なのだと、鳥が言った。

まるで途切れた夢の欠片と同じ。

こんなにも忘れられた声があるんだろうか。

かけらになった声は、もとの音がわからない。

ささやきを更に小さく、刻まれた言語が混ぜこぜに、まるで幾何学模様の万花鏡。

そこに何かの真実があるような気がして、目を閉じて聴覚を集中しても、耳は遠くのサイレンを捕まえるばかりだった。命が運ばれている。

 

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Day26_標本

 

鳥と私の遊びはささやかに無限だ。

からの標本箱をあいだにして、空想の植物について語り合う。

あえて、ひそひそと、世間には秘密のこととして、まじめに議論し、記録は残さない。

 

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Day27_水鉄砲

 

青天、道端にオモチャの鉄砲が落ちていた。

ひまわりに向けて、バン。

プラスチックの引き金をひく。

すると、

 

ドッ。

 

と、空から雨がひとかたまり降ってきた。

 

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Day28_しゅわしゅわ

 

コップにサイダーを汲んでください、とめずらしく鳥が頼んできた。

透明なコップの前に佇んで、次々と浮かぶ泡を眺めている。

「なにか嫌なことがあったの?」

尋ねると、いいえ、と目を伏せる。

「ただ、とてもきれいだから。それだけです」

 

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Day29_揃える

 

こっそり、鳥の羽色と同じ色のインクを買った。

手帳になにか綴るたび、私も空を飛ぶような気持ちで。

 

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Day30_貼紙

 

『ラムネ冷えてます』という赤字に誘われた駄菓子屋に、私の鳥にそっくりの鳥がいた。

暗がりにぶらさげられた鳥篭に、行儀よくかしこまっている。

似ているのだけれど、確信は持てない。

駄菓子屋の主人の背後の壁に、夏祭りの貼り紙がある。

訝しみながらラムネを飲む間、その鳥は駄菓子屋の主人だけに顔を向けていた。

 

夜、風鈴をかすめて帰ってきた鳥は、すぐに棉の寝床におさまった。

「明日、祭りに行く?」

尋ねると、目を閉じたまま、ハイ、と返事した。

私の鳥。

そんな言葉が浮かんだ昼間を、なんだか恥ずかしく思った。

 

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Day31_夏祭り

 

空に花火が爆ぜたとき、鳥が驚いて私の肩から落ちた。

ぱらぱらぱら、と火花が散って、肩に戻る。

「たまやー」

小さな声で云ってみる。

夏が過ぎてゆく。

一秒が、一分が、こぼれおちてゆくのか、積もってゆくのか。

砂時計なら、また逆さまに立てればいいのだけれど。

 

「たまやー?」

鳥も、小さな声で鳴いた。