鳥の夢


ふたりの鳥

著・かくら こう

2021年10月16日発行

カモミールティを淹れると、宵空色の旅鳥が窓辺に止まった。

今夜は雨になる。

窓を開き、旅鳥をテーブルに招いた。

 

温まりますよ、と、豆皿へお茶を注ぐ。

旅鳥は嘴でお茶をつつき、ついでに羽も整える。

その胸に、星の模様が浮かんだ。

 

旅鳥が語る。

 

……信じられないでしょうが、元は人の姿をしていました。

睡眠観測のため夜の国を訪れた時のことです。

夜底から夢の原石をさらう女たちに唆されて、鳥の夢を覗きました。

気づけば籠の中。

鳥として女たちの慰みに歌をさえずる日々です。

隙をついて逃れたはいいものの、鳥が板についてしまいました。

ああ、とても眠い。

安心したのかな……

 

海を越え、山を越え、狩人に撃たれて、人の姿になった。

信じられないだろうが、元は私は鳥だった。

手首に浮かぶ弾丸の模様をなぞる。

 

あたたかい場所に旅鳥を寝かせた。

今夜は久しぶりに、私も風と遊ぶ夢を見られそうな気がする。

 

トタン屋根に雨が落ち始め、静かに窓を閉じた。


歌えない鳥

著・かくら  こう

2022年8月6日・アートブックターミナル東北にて展示販売予定

ミントティーを淹れたのは、心をすずやかに、ほぐしたかったから……

 

ため息を外へ逃がそうと窓を開けたとき、胸に星の印を持つ旅鳥が現れた。

来訪を喜んだのも束の間、旅鳥は別れの挨拶を告げに来たのだった。

夏を過ごすため森へ発ち、やがて海を渡り楽園を目指す。

 

無事の道行を願うとともに、気がかりがあった。

この旅鳥、歌い方がどうにもおかしい。本来、光の譜面を詠み、瑠璃色の声を操る鳥なのに。

雀も鴉も遠巻きに訝しんでいた。

これから森で出会う同種の鳥たちにつまはじきにされやしないだろうか。

率直に心配を伝えると、旅鳥は恥ずかしそうに俯いた。

「人だった頃から、得意じゃなくて」

「もし、余計なことでなかったら、歌い方を教えるよ」

すると、旅鳥はすくっとまっすぐに私を見た。

そして言った。

「それなら、お礼に、僕の知っているわらべ歌をみんなお教えしましょう」

その提案を聞いて、私はついさっきの出来事が、脳裏をよぎった。

 

この町外れのあばら家へ迷いこんだ子供を人里へ送る途中、一緒にうたってとねだられて、私はひとつも人の歌を知らずに困り果てた。

 

「……見ていたの?」

「見えてしまいました」

 

だから、旅鳥は来てくれたのだ。

胸に、あたたかいものが広がった。

 

「人の世に、なかなか馴染めなくてね」

「僕もです。鳥の世に馴染めない」

 

それから私たちはミントティーで喉を潤し、時を惜しんで、夜通し歌を交換しあった。

ふと壁を見ると、旅鳥の影はひとの姿になり、私の影は鳥になっていた。

どこともわからない遠くでうねりをあげる嵐のまぼろしを感じて、私の影がふるえた。

 

朝が光を突きつけ、風は急かすように窓を叩いた。

 

「またきっと寄ってね」

「どうか元気で」

 

旅鳥が力強く羽ばたき、その藍とも群青ともつかない宵空色の光沢が、私の杞憂を吹き払った。

 

そう、私たちはいつでも、ただ羽ばたき、歌うだけでいい。

それだけでいいのだった。


飛べない鳥

2022年9月発行予定