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Bird Drem

『ふたりの鳥』2021年10月発行

『歌えない鳥』2022年8月・アートブックターミナル東北(盛岡)にて展示販売

『飛べない鳥』2022年9月3日更新(完結)

 


ふたりの鳥

著・かくら こう

2021年10月16日発行

カモミールティを淹れると、宵空色の旅鳥が窓辺に止まった。

今夜は雨になる。

窓を開き、旅鳥をテーブルに招いた。

 

温まりますよ、と、豆皿へお茶を注ぐ。

旅鳥は嘴でお茶をつつき、ついでに羽も整える。

その胸に、星の模様が浮かんだ。

 

旅鳥が語る。

 

……信じられないでしょうが、元は人の姿をしていました。

睡眠観測のため夜の国を訪れた時のことです。

夜底から夢の原石をさらう女たちに唆されて、鳥の夢を覗きました。

気づけば籠の中。

鳥として女たちの慰みに歌をさえずる日々です。

隙をついて逃れたはいいものの、鳥が板についてしまいました。

ああ、とても眠い。

安心したのかな……

 

海を越え、山を越え、狩人に撃たれて、人の姿になった。

信じられないだろうが、元は私は鳥だった。

手首に浮かぶ弾丸の模様をなぞる。

 

あたたかい場所に旅鳥を寝かせた。

今夜は久しぶりに、私も風と遊ぶ夢を見られそうな気がする。

 

トタン屋根に雨が落ち始め、静かに窓を閉じた。


歌えない鳥

著・かくら  こう

2022年8月6日・アートブックターミナル東北にて展示販売予定

ミントティーを淹れたのは、心をすずやかに、ほぐしたかったから……

 

ため息を外へ逃がそうと窓を開けたとき、胸に星の印を持つ旅鳥が現れた。

来訪を喜んだのも束の間、旅鳥は別れの挨拶を告げに来たのだった。

夏を過ごすため森へ発ち、やがて海を渡り楽園を目指す。

 

無事の道行を願うとともに、気がかりがあった。

この旅鳥、歌い方がどうにもおかしい。本来、光の譜面を詠み、瑠璃色の声を操る鳥なのに。

雀も鴉も遠巻きに訝しんでいた。

これから森で出会う同種の鳥たちにつまはじきにされやしないだろうか。

率直に心配を伝えると、旅鳥は恥ずかしそうに俯いた。

「人だった頃から、得意じゃなくて」

「もし、余計なことでなかったら、歌い方を教えるよ」

すると、旅鳥はすくっとまっすぐに私を見た。

そして言った。

「それなら、お礼に、僕の知っているわらべ歌をみんなお教えしましょう」

その提案を聞いて、私はついさっきの出来事が、脳裏をよぎった。

 

この町外れのあばら家へ迷いこんだ子供を人里へ送る途中、一緒にうたってとねだられて、私はひとつも人の歌を知らずに困り果てた。

 

「……見ていたの?」

「見えてしまいました」

 

だから、旅鳥は来てくれたのだ。

胸に、あたたかいものが広がった。

 

「人の世に、なかなか馴染めなくてね」

「僕もです。鳥の世に馴染めない」

 

それから私たちはミントティーで喉を潤し、時を惜しんで、夜通し歌を交換しあった。

ふと壁を見ると、旅鳥の影はひとの姿になり、私の影は鳥になっていた。

どこともわからない遠くでうねりをあげる嵐のまぼろしを感じて、私の影がふるえた。

 

朝が光を突きつけ、風は急かすように窓を叩いた。

 

「またきっと寄ってね」

「どうか元気で」

 

旅鳥が力強く羽ばたき、その藍とも群青ともつかない宵空色の光沢が、私の杞憂を吹き払った。

 

そう、私たちはいつでも、ただ羽ばたき、歌うだけでいい。

それだけでいいのだった。


飛べない鳥

2022年9月3日更新
著・かくら こう

「瑠璃色の声と引きかえに、あなたを人間にしてあげましょうか」

 

勝手に僕の望みを暴いたのは、雨に濡れる夜のようなベールで顔を隠した女でした。

女が口笛を吹くと、その息は銀河模様の網となって、梢に止まる僕に迫りました。

途端に全身の羽毛が発火しそうなほどに熱く逆立ちました。

 

……もしも人間の姿になれたなら。

林の奥に隠れて日々につまずきながら暮らすあなたを、助けてあげられるでしょう。

トタン屋根の雨漏りを直し、窓辺のテーブルにカップをふたつ並べ、明るく澄んだ藍色の目をまっすぐ見つめられるでしょう……

 

目も眩む銀河の網に羽も嘴も心も絡めとられて、ためらいなく、僕は声を贄と差し出したのでした。

 

 

 

 

だからもう、あなたが教えてくれた歌をさえずれません。

それが、船旅の夕暮れに、ふと淋しくなります。

人としてのこの姿が、あなたの指先に止まった鳥なのだと、わかってもらえるだろうかと心配になります。

しかし、国を越えて街道をゆく逞しい足がある。

きっと、あなたに会えさえすれば、すべを見つけられる。

希みの火が揺らぐたび、コートを襟立て風を遮り、あなたの住処を目指すのです。

 

 

 

 

林の小道で、暗がりの塊のような大男が前から歩いてきました。

禍々しい猟銃を担いでいます。

すれ違いざま、大男が何かをコロリと落としました。

地面のくぼみに転がったそれは、明るく澄んだ藍色のきらめくビイ玉でした。

拾い上げようと手を伸ばしたとき、銃弾が僕の靴先すれすれに撃ち込まれました。

蛇の舌みたいな煙が銃口からあがっています。

大男は乱暴にビイ玉を拾って革袋へしまいました。

不吉な予感がよぎりました。

急ぎ林道を駆け、トタン屋根の小屋に着くなり、戸を開けました。

 

……あなたがいません。

 

窓際のテーブルへ置かれたカップの隣には、両目から血を流した青い鳥が倒れていました。

あなたではなく。

 

 

 

 

リンデンの花が咲きました。

畑仕事の合間、軒下で休んでいると、さえずりが聞こえてきます。

目を失った鳥が窓辺の籠から呼んでいるのです。

籠を開け、小さな額をなでてやります。

鳥はわらべ歌のメロディをなぞって聞かせてくれます。

 

僕は声を贄とし、鳥は目を奪われた。それは運命の仕業なのかもしれません。

ただ、甘やかなリンデンの香りに包まれていると……

二羽の鳥として木漏れ日を楽譜にして歌い、同時に、ふたりの人として木陰に寄りそい、鳥の声に耳を傾けている錯覚に陥り、幸福感に心が眩みます。

すると、記憶の水面に波紋が広がり、昏い湖底でまどろんでいた星が目覚めて云うのです。

これこそ、かつて覗き見たうつくしい夢なのだよ、と。