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オーオーのおままごと食堂|試し読み


オーオーのおままごと食堂

 いつものようにオーオーが土をまるめて団子をこさえていたところ、旅人がベンチに腰かけました。三角の形をした砂場はオーオーの台所で、ベンチはお客さんの席です。じつにくつろげるベンチです。桜の枝が屋根となり、甘く香る白詰草の絨毯に影をゆらめかせ、腰かけたひとの気持ちをなごませます。オーオーは肉団子とスープを土と水で完成させると、お盆にのせて旅人のところへ運びました。

 初め、旅人はびっくりしました。まさか子どもがいるとは思わなかったのです。草木のあいだに現れた廃墟でしたから。ただ、旅人はやさしいひとでした。幼いオーオーとお盆の上の泥遊びをちょっと見ただけで、礼儀正しいお客さんを演じるべきだと考えました。くたびれた帽子をベンチに置いて会釈し、オーオーからお盆を受け取りました。手ぶらになったオーオーはつぎの料理の材料集めにとりかかりました。

 チョウチョやハチが飛び回り、ときどき気持ちのいい風が吹きます。旅人は、オーオーが草花を集める姿をまぶしげに眺めました。長い道のりがあったのでしょう。旅人の体はこわばり、つっぱっていました。オーオーの姿を目で追い、みずみずしい花の香りを吸ううちに、肩や背中がゆるみ、やがてまぶたが落ちてゆきました。

 

 太陽が西に傾き、景色がオレンジに染まりはじめた頃、旅人は肌寒さにくしゃみをして目が覚めました。皿とカップを空っぽにして、三角の砂場にいたオーオーへ返しました。オーオーはお盆を両手で受けとってお辞儀しました。旅人は服や鞄が汚れるのもかまわず、砂場に膝をつきました。

「ごちそうさま。僕もね、ちいさい頃、きみみたいに遊んだよ。妹がいるんだ」

 旅人は首にさげた革袋からなにかを手のひらに出しました。真っ赤な宝石です。まるで熟れた苺のゼリーでした。

「これはね、見ての通り、ただの石だよ。でもね、僕のお父さんのお父さん、そのまたお父さん……ずっとずっと昔から、代々引き継がれてきた石なんだ。家を継ぐ子どもが持たされて、その子どもに渡していく。じつはね、病気の父さんの枕の下から盗んできた。これのせいで妹とケンカする羽目になってね。確かにきれいだよ、でも、食べられもしない、ただの冷たいかたまりだよ。ああ、きみならこれをどんな料理に見立ててくれるだろうか。いや、僕はこれを持っていつか家に帰らなきゃならない。でもね、僕は……」

 

「オーオー、夕ごはんだよ」

 カクレンボさんがエプロンで手を拭きながら家から出てきて、オーオーを呼びました。

 オーオーはベンチにちょこんと座って、お盆を膝にのせ、足をぶらぶらさせていました。目の前にカクレンボさんがしゃがむと、オーオーはお盆を差し出しました。白鳥をかたどった小皿に、真っ赤な宝石がひとつ。旅人は黙っていましたが、その宝石にはオーオーたちの国の住人がみんなまとめてしばらく暮らせるくらいの値段がつきます。

「おいしそうだね。ゼリーかな? さくらんぼ、ううん、苺かな」

 カクレンボさんは小皿の〈ゼリー〉を「あむあむ」と言って口もとに運んだあと、手に包んでベンチの下にサッと捨てました。

 お料理道具を三角の砂場に戻したオーオーは、カクレンボさんのあとをついて、玄関の外階段を一段ずつ登ります。

「びっくりだよオーオー、夕飯はキノコのスープでね、デザートは木苺だよ。今日にぴったりだね」

 スープの香りがもれるドアがパタリと閉まると、一部始終を覗き見していた太陽は頭をひっこめ、ベンチの下に落ちた宝石のかがやきはすっかり消えたのでした。

メレンゲ帽

  オーオーの一等お気に入りは、メレンゲみたいな形の帽子です。カクレンボさんがつくってくれました。メレンゲ帽はふんわり軽く、それでいてオーオーの頭をしっかり守ってくれます。オーオーは、眠る前、メレンゲ帽の形をていねいに整えて枕元に置き、朝起きるとすぐにかぶります。

 どうしてカクレンボさんがメレンゲ帽をこしらえたのか、ふたりの出会いについてお話ししましょう。

 

 カクレンボさんは海が好きです。時々、むしょうに、海原の風を受けて波音を全身に浴びたくなります。そうすると、畑仕事を放って、床屋の看板も裏返して、雑木林をうねる獣道を下った先のちいさな浜辺に向かいます。

 西の空に沈みゆく日の光がきれいな浜辺で、丘の住人から〈夕焼け海岸〉と呼ばれています。とはいえ、夕暮れまでいると帰り道が真っ暗になってしまうので、カクレンボさんはたいてい日の高いうちに引きあげます。

 暗闇を怖がらず、浜辺に寝っ転がって星空を眺められたらいいのにな。

 そんな風に思いもしますが、カクレンボさんは自分でも窮屈なくらい心配性な人ですから冒険はなかなかできません。

〈夕焼け海岸〉には小屋があって、そこにはウミさんが住んでいます。ウミさんは小柄ながらがっちりした体格の、つるつる頭のおじいさんです。泳ぎも潜りもお茶の子さいさい、長年海風にさらされて、全身こんがりざらりとしています。カクレンボさんが丘に来て初めて親しくなった人です。海岸に来ると、カクレンボさんは必ず小屋に寄って挨拶します。

 夏が終わりかけたある日、浜辺を見渡せる小高い場所の、松林のひらけたところから、カクレンボさんは海岸を眺めていました。すると、潮の引いた浅瀬に人間みたいなものが横たわっているのを見つけました。

 いそいで松林を下って駆け寄ってみれば、それは子どもでした。ぱっくり割れた頭から血を流していました。カクレンボさんが声をかけても肩をゆすってもその子はぴくりともしません。

 小屋に走ってウミさんを呼びましたが留守でした。カクレンボさんは浅瀬に引き返してずぶぬれの子どもを抱え、獣道を急ぎ家に帰りました。

 頭のほかに腕にも足にも傷がありました。みんな水で流して、裂いた布でぐるぐると巻き、カクレンボさんのシャツを着せました。シャツはその子にはぶかぶかで、膝こぞうまで隠れました。ベッドに寝かせて毛布を首までかけてあげると、真っ白だった子どもの頬にやっと赤みがさしました。ようやくカクレンボさんは一息ついて、海水や血でべとべとした自分の服も取り替えたのでした。

 

 その晩、カクレンボさんはベッドの端っこに縮まって休みました。何度も目覚めて子どもの様子を覗きました。目も鼻も口もお豆みたいにちいさな子で、耳だけが大きく、どんなに遠くのかすかな音も聞こえそうに思えました。

 明け方、カクレンボさんはほとんど自分にしか聞こえない声で、その子に語りかけました。

「まだ家族と暮らしていた時ね、父がケガをした犬を連れてきたんだ。首の後ろがぱっくり割れていて、それはひどいケガだった。手当をして、みんなで代わる代わる番をしてね。でも、なにも食べずに弱っていってしまったよ。きみはなにが好きだろう? なんでも食べて、元気にならなきゃいけないよ」

 

 朝になっても、その次の日になっても、子どもは目を覚ましませんでした。

 カクレンボさんは、なかなか出ない芽に気をもむようにして、毎日ていねいに傷の手当てをしました。

 そしてさらに次の日、カクレンボさんが玄関前の屋根付きポーチで小間物屋さんの髪を切っていると、ドアが開きました。カクレンボさんが驚いて振り向くと、その子がドアにつかまって立っていました。足が弱っていたのでしょう、すぐに膝が折れて座りこみました。

 カクレンボさんは小間物屋さんの頭を半分残し、あわててその子をベッドに運びました。

 早くなにか食べさせなきゃ。弱ってしまう前に!

 カクレンボさんが庭の鶏をしめにいこうとすると、なりゆきを見ていた小間物屋さんに止められました。

「いきなり肉なんかとんでもない。私に任せて」

 ケープを巻いたままの小間物屋さんが台所に立って塩のスープをつくりはじめたので、カクレンボさんはその子に水を飲ませて、痛いところはないか、名前はなんていうのか、どこからきたのか、立てつづけに質問しました。その子は、ぼんやりした目つきで口を開き、なにかしゃべろうとしました。けれど、

「オー」

 のどから出てくる音はそれだけでした。

 

 丘の住人をくまなく知っている小間物屋さんはその子を知りませんでしたし、〈夕焼け海岸〉に住むウミさんも、その子が海から流れついたのか、はたまたそこに捨てられたのか、まったく見当がつきませんでした。

 その子は、だれに会ってもはにかんで笑って「オー」と手を振りました。だから、だれともなく、その子のことを話すときに「オーオーがさ」「オーオーがね」と言うようになりました。

 

 オーオーの頭の左側にはイナズマみたいな傷が残りました。どうしたわけか、オーオーはその傷を手でかく癖があります。かきすぎては血を出します。だから、傷あとを守るためにカクレンボさんが帽子をつくってあげたのです。

 カクレンボさんはハサミで髪を切るのは得意ですが、縫いものは苦手です。まるい形にしあがらなくて、何度もオーオーの頭にかぶせて、縫いたしたり直したり。ああしてこうしてやっぱりほどいて、そうこうしているうちにメレンゲみたいな形になりました。オーオーの頭の形にぴったり。どんなにでたらめに動いたって落ちません。

 今朝も、目覚めたオーオーは布団から出ると手櫛で髪を整えて、メレンゲ帽をかぶります。鏡を見なくたって、それがどんなかっこうにおさまっているか、オーオーにはばっちりわかるのでした。

ひよこ豆

 近ごろオーオーはひよこ豆とばかり遊んでいます。

 それは、たくさんのひよこ豆がカクレンボさんによって鍋に放りこまれるなか、元気に飛び出て床に落ちたひとつでした。オーオーはそれをはしこく見つけ、メレンゲ帽に隠しました。カクレンボさんが試行錯誤してつくったメレンゲ帽のなかには複雑に入り組んだすえポケットになっているところがあって、コインや木の実がちょうどおさまるのです。

 毎日、どんな遊びをするか、オーオーはひよこ豆と相談して決めました。

 アリのあとを尾行する探偵ごっこ、雲を食べものに見立てて交互に食べあう雲消しゲーム、サイコロを振って出た目の数だけケンケンして獣道を〈夕焼け海岸〉まで下りるスゴロク。

 だれか出会う人がいたら、オーオーのひとり遊びに見えたかもしれません。でも、じつはひよこ豆がちゃんといっしょなのでした。

 ひよこ豆は新しい思いつきが大好きです。ひよこ豆が遊びをひらめくたび、オーオーはうれしがって飛び跳ねました。そう、まるで鍋から飛び出すみたいに。

 そうしてすっかりなかよくなった頃、ひよこ豆がオーオーに告げました。

「ひよこ豆は旅立たなくてはなりません。嘆かないでください、オーオー。ひよこ豆の運命は未知の世界の開拓なのです。オーオーと過ごした日々は、ひよこ豆にとってこころ踊る冒険でした。たくさんの発見をともに喜んでくれてありがとう。オーオーがいっしょにうれしがってくれたから、ひよこ豆は百倍も千倍もおもしろかった。ふたりの日々の喜びはひよこ豆の宝物です。しかし、さようならなのです」

 

 ひよこ豆に頼まれて、オーオーは〈夕焼け海岸〉へひよこ豆を連れていきました。ひよこ豆は巻貝のなかに入って言いました。

「オーオー、すてきな波が来たら、ひよこ豆を海に泳がせてください」

 風が雲を集めて太陽を隠し、オーオーは暗い影におおわれました。オーオーはくちびるを噛んでうなずき、とびきり気のよさそうな波を選んで巻貝を預けました。

「元気で」

 ひよこ豆の朗らかな挨拶が聞こえました。

 何度か波が腕を回すと、巻貝は見えなくなりました。

 水平線はくっきりと青く、遠い波頭の上に鳥が群れています。

 オーオーは胸の前で両手を振り、「オー」と声を細く響かせました。

 日が傾くまで、オーオーは砂浜に座って水平線を眺めました。そろそろ帰ろうと立ちあがった時、潮が引いた浅瀬にきらっと光るものを見つけました。琥珀色のシーグラスでした。ちょっとだけ、ひよこ豆に形が似ています。

「オー」

 話しかけても、シーグラスから返事はありません。よく見ると、やっぱり似ていません。浜に捨てようとしてためらい、オーオーは砂だらけのシーグラスを夕陽に透かして見つめました。琥珀にオレンジが溶けて、なめらかにかがやいています。

 オーオーは波でシーグラスを洗い、シャツのすそで水気をぬぐうと、メレンゲ帽の内側にしまいました。

スズメのラジオ番組

  南の庭に出っぱったバルコニーの下には時々猫が休みにきます。雨や日差しをしのぐのにちょうどいい隠れ家です。カクレンボさんは、畑仕事の合間にバルコニーの下を覗きます。なじみの三毛猫がいれば、ごはんをわけてあげます。

 その日、猫はいませんでした。カクレンボさんはかがみこんでまじまじとバルコニーの下を観察しました。少しひんやりする湿った暗がり。猫の居心地がよくなるように、板でも置いてマットを敷いてあげようかと考えていたところ、いつも三毛猫が寝ている柱の奥に、なにかが見えました。地面に這って腕をうんと伸ばして取り出したところ、それは小型ラジオでした。昔、この家に住んでいた人の持ち物だったのかもしれません。電池は錆びて赤茶のかたまりになっていました。カクレンボさんは電池を外しました。掃除して新しい電池を入れてみたら、万が一にも使えるかもしれません。でも、カクレンボさんは空洞になったところに土を詰めて蓋を戻し、表面の汚れだけ拭いてきれいにしました。どのボタンを押してもダイヤルを回しても黙ったままのラジオ。カクレンボさんはそれをオーオーにプレゼントしました。

「音楽やおはなしを聞く道具だったものだよ」

 

 さて、オーオーがボタンを押したりアンテナを動かしたりして遊んでいると、壊れたはずのラジオから、だれかのおしゃべりが聞こえてきました。それは途切れ途切れで、たいへんちいさな音でしたが、オーオーには番組の内容がちゃんとわかりました。不思議なことに、オーオーがラジオをカクレンボさんに聞かせようとすると、なんの音も鳴らなくなるのでした。

 

 オーオーのお気に入りはスズメたちの番組です。

 チョンチョンと跳ねるようなスズメたちのやりとりがかわいらしく、古いシイノキにスズメが昔語りをねだるコーナーがおもしろいのです。

 オーオーはそれをカクレンボさんにも聞いてほしいのですが、いくら試してもラジオはオーオーの前でしか音を出しません。もうそういうことに態度を決めたみたいです。

 そこでオーオーは、スズメのラジオ番組を絵に描いてカクレンボさんに見せました。なぜ絵にしたかっていうと、オーオーは字を読めないし書けないからです。だからといって絵がうまいわけじゃありません。たどたどしい鉛筆の線と、草をこすりつけて色づけた模様。オーオーは絵柄や線を指さして、身振り手振りでラジオ番組を伝えようとしましたが、どう見てもへんてこな踊りです。

 カクレンボさんは残念な気持ちです。せっかくオーオーがなにかを伝えてくれているのに、わかってあげられないのですから。苦しまぎれに、カクレンボさんはすみずみまで重々承知しているとばかりにうなずいて絵を受けとりました。

 その夜、カクレンボさんは眠る前、まるで古代の暗号に挑戦するみたいに、絵をまじまじと見つめました。なにごとも考えこむたちなのです。でも、直感ははたらかず、解読のさわりにも触れず、いつのまにか眠りに落ちてしまいました。

 夢のなかでスズメたちと並んで座り、シイノキの昔語りにじっくり耳を傾け、ドングリ踊りにまで興じたカクレンボさんでしたが、朝にはなんにも覚えていませんでした。

空のレストラン

 オーオーはバルコニーに座ってひなたぼっこです。さっきまで三毛猫も眠っていましたが、どこかに行ってしまいました。顔を太陽に向けて光を吸収するオーオーは、そのうち、からだから枝葉が伸びて、花でも開いてしまいそうな様子です。

 空にはのんびりした雲がぷかんぷかんと浮いています。まあるくふくれたカンパーニュの形です。

 あれを食べるよ。

 と、言うように、オーオーはカンパーニュを指さしました。

 じーっとカンパーニュを見つめてパクパクと口を動かします。しばらくパクパクしていると、そのうちカンパーニュは消えました。

 つぎは、あれ。

 また指さします。

 とろんとした雲に向かって口をすぼめて、スプーンですくう仕草をくりかえしました。きっとスープです。ちょっと時間がかかりましたが、オーオーはスープも全部いただきました。

 隣に、猫とはちがう気配を感じました。見てみると、日だまりがあるだけです。そう、日だまり、太陽の子どもが腰かけているのでした。

 オーオーは太陽の子どもに笑いかけ、雲を指さしました。

 いっしょに食べようと誘っているみたいです。

 太陽の子どもは静かに、ただ、そこにいて、じんわり、ほのほのと、ほほえんでいます。

 ショートケーキに似た雲でした。オーオーはショートケーキにフォークを入れ始めました。ショートケーキは思いのほか厚く、なかなかなくなりません。もぐもぐするオーオーのあごが痛くなりそうです。と、急に、大きく歯形がつきました。太陽の子どもも食べはじめたのです。さすが太陽、ひとくちが大きいのですね。

 大空のお皿がからっぽになってゆきます。でも大丈夫、そのうちまた風が給仕してくれるでしょう。

「おいしいね」

 太陽の子どもが言いました。

 オーオーはうなずき返して、あくびをひとつ、日だまりに寝転んで空の食堂を眺め、目をつむりました。

 崩れた石垣のあいだから、三毛猫が戻ってきました。そして、オーオーのお腹に乗ってごろごろとのどを鳴らしました。


試し読みはここまでとなります。

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[もくじ]

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2026年2月28日発行

◾️著・カバー版画制作:かくら こう

◾️文庫本サイズ・全96ページ

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