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1月7日

その日、太陽がのぼる前、足元に気配を感じました。
やわらかな、軽い重み。
テンだ。と、睡りから戻る束の間にぼんやりと思い、そして驚いて起きました。
動ける体力があるはずがなかったから。
弱った心臓をびっくりさせないように、照明はつけずに、手探りで、尖った背骨の列と鉤尻尾を確認しました。
やっぱりテンでした。
布団の足元にうずくまるテンは、透明な目で私を見ました。
窓の外がだんだんと曇った薄明るい光に変化してゆきました。


布団の足側は、テンの定位置です。お気に入りの場所です。
布団を敷くとすぐに底を陣取ることもあれば、夜の間にいつのまにかやってくることもあります。
私が目覚めると、わざと体の上を歩いて頭側まで来て、顔を覗き込みます。
黒と茶色の非対称な前髪みたいな模様を持った真っ白い顔。写真で見せてもらったテンの他の兄弟猫は、みんな白猫でした。
顔を両手で包んで、「よく来たね」「坊ちゃんだね」「おにぎりみたい」と、ぐいぐい撫でると、まんざらでもない目の細めかたで喉を鳴らします。テンは、少し喉を鳴らすのが下手なようです。
それが、いつもの朝でした。

「目が覚めると猫がいる暮らしをしたい」という十代の終わりに持った夢。
それを十三年間、叶え続けてくれました。


先月から体調を崩したテンは、力を振り絞って、その朝、足元へ来てくれたに違いありません。
体全体が呼吸をするための機関になって、大きなふいごのようでした。
「どうして動いたの。無理しないんだよ」
テンはただ呼吸をしていました。目だけが白く光って、輝いていました。
その朝、テンが私の足元に来てくれたのは、私にとっては、大きなプレゼントでした。
テンは単にお気に入りの場所に来たかっただけかもしれないけれど。
テンのお気に入りが、私の近くだった、それがどんなにうれしいか。


「行ってくるね。夜に帰ってくるからね」
額を撫でると、かすかな、本当にかすかな、紙を擦り合わせるような声で返事をくれました。
私が外出しようと準備を始めると、ゴロンと身を投げ出して「どこに行くってゆうの。撫でて」とお腹を見せるような子です。
真っ白いフワフワのお腹と脇の下を撫でると、両手で私の腕を掴んで離さない。甘えっ子。
その日は、もう、じっと私を見るだけでした。
それがテンの生きている姿を見た最後でした。


保護猫だったテンの正確な年齢はわかりません。来月で十四歳に数えるところでした。一緒に暮らして十三年。もっとずっと一緒にいたかった。
短く、儚い命。
いいえ、テンは頑張ってくれました。先月、具合を悪くした時、保って数日を覚悟しました。
けれど、父の命日を越え、クリスマスを越え、年を越え。
一度は食欲も戻り、もう片方の子と一緒に眠ったり、椅子に飛び乗ってみせたり、もしかしたら快復するのじゃないかと淡い期待を持つことさえありました。
私に心を整える猶予をくれました。
この一ヶ月はテンが贈ってくれたプレゼントです。
強く、熱い命。


テンは一生懸命生きました。生き抜きました。
もう苦しいことはありません。
十三年間、毎日テンがくれた幸せを抱きしめて、きっと離しません。
今はまだ、いかないで、そばにいてと、嘆くことを、許してください。だめな人間だなあって呆れてください。
テンは私に構わず、のびのびと自由でいてください。
あたたかい光に包まれて、元気でいてくれることを祈ります。
いつか、私も命を全うしたら、テンを探しにゆきます。