心象風景という言葉を使った詩人がいた。小塚ヒラギノはその詩人に憧れている。心をそのまま象る風景。シャッターを切るように、それを捉えたい。きれいな言葉を並べたいとは思えない。ただ、幾重にもかくされたものの一番奥に迫りたい。だれも踏んでいない雪の上に立ち、冷たい空気を吸いこむ。しんとした肺の熱を感じる。そういう気持ちでペンを握る時、言葉が浮きあがる。まばたきを忘れる。イメージは一瞬で過ぎ去る。「シャッターを」気負わずに、さらりと、シャッターを押せるようになりたい。願うほど、指へ力がこもる。

GREEN GIFT CAFE

灰色のビル街の一角にカフェはある。無機質なドアをくぐると一転、そこは鬱蒼と茂る森である。鳥のさえずり、風の歌声。椅子やテーブルはない。好きな絨毯を選び、地面へ広げる。本の貸し出しはあるが、新聞や雑誌はない。世情など忘れるべき場所である。オーナーはリスに似ている。ふっくらとした姿形で、ドングリを運ぶように給仕する。喧騒に疲れた客がさぞ殺到するのではないかと思われるだろうが、このカフェは会員制である。会員登録には資格が必要である。「あまり難しい資格ではありません。ただ、カフェのドアが見えることだけです」森の贈り物を受け取るには、どうやら森の住人でなければならぬらしい。

 

犬山ふさこ

乳母歴50年、犬山ふさこ。泣く子も怒る子も、ふさこが顔を見せると途端に笑顔になるという。ふさこはひとなつこい顔をしている。シワに埋もれた目はいつも笑っているように見える。身体ぜんたいが垂れており、動くと頬も二の腕も、胸も、腹も、ぶるぶるとゆれる。それに抱きついて遊ぶのが好きだという子どもが多い。共働きの家では家事全般を忠実にこなす。疲れた母親をできたての手料理で癒す。ほつれたシャツにアップリケを縫いつけるやさしさを持つ。「ずっといてほしい」そう懇願されることもしばしば。しかし、ふさこは乳母である。乳母派遣協会の規律に従い、役目を終えれば次の家庭へ向かう。「出会いあれば別れあり。世の常でございます」乳母車を押して、ふさこは行く。

ニホンのカレーライス

出汁を味わう、日本人のためのカレー屋である。この店に「辛さの段階」を選択する仕組みはない。

印度人と日本人の間に生まれたオーナー。彼は長く料亭で修行した料理人である。彼は香辛料と出汁の奥深い旨味を堪能してもらいたいと望む。「出汁には昆布や鰹節を使います。海のめぐみです。それに何種類ものスパイスを組み合わせる。つまり、海と大地の旨味を味わうことができる。辛さというのは、味覚ではなく、痛み刺激だそうです。過度な辛さでは繊細なめぐみを感じにくくなります」店には日本人のみならず、本場印度の観光客も多い。最近、仏蘭西料理を修業した妹と、アーユルヴェーダの医術を心得た弟も参画した。更なる進化を期待したい。

beauty parlor コケシ

店から排出される客はすべてコケシスタイルに整えられる。

それ以外の髪型は許されない。とはいっても、遊びがないわけではない。ナルコ、ツチユ、ツガル、ナンブなど約十一ものスタンダードスタイルがあり、アーティスティックなアレンジ型も多く研究されている。客はコケシストと称される。毎週のように通って定番をキープする者もいれば、気分によって微妙な変化を愉しむ者まで様々である。

 

サンゼロドーナツ

三つ子の兄弟が営むドーナツ屋。三人とも影絵のような体型である。度重なるストレスで身を崩した末に、彼らはこの店を開くに至った。「うちのドーナツを持ってピクニックしてほしい。青空の下でもりもり食べて、たくさん遊んでほしい」この店では砂糖もハチミツもふんだんに使われる。甘さ控えめなど戯れ言である。

客は若い女性が多い。サンゼロに来ると痩せてきれいになるという口コミがある。ハニーシナモンドーナツをほおばる女性に話を聞いた。「ありえない糖分じゃないですか、ここって。だから摂りすぎたと思って、ものすごい運動したり、ほかを節制しちゃうんですよね」

土谷ハナコ

「私が学生の頃でした。母は病気をしていて、結婚記念日を病院で過ごすことになりました。お見舞いへ行く途中、父は急に車を停めて、ある花屋へ寄りました。バラの花束を買ったんです。ぶっきらぼうで、頑固一徹な父だったので、花束なんて私は驚きました。でも、花屋の方は父を知っていて、奥様への贈り物ですかって尋ねてらして、母の好きな色のリボンでやさしく仕上げてくれました。治療前の母とふたりでその花屋へたまたま行った時、バラの花束を贈ってあげたらしいのです。病室で私が店の話をすると、花束に顔を埋めるようにして、母はうれしそうに笑っていました。父は恥ずかしそうでしたけれど。だから私、ひとの心に寄りそえる花屋になりたいと思ったのです」

「むすび、と読みます。糸を結ぶのむすびですね。そして、産む霊と買いても、むすびと読みます。これは天地万物を産む神霊のことですね」

「結」の主催者の年齢や性別は、その姿から推測することは難しい。ふくよかすぎるために男性とも女性とも判別できない。若いようで老成している。彼(彼女)は人の出会う場を提供する。男女であったり、企業であったり、捨て犬捨て猫の里親募集であったり。あらゆることの縁をつなげ、ほどけぬ結び目をつくり、祝福する。「糸は元々伸びているものですから。私はほんの少しのお手伝いだけです」ゆったりと茶をすする。彼女(彼)は人々に「福の神」という言葉を思い起こさせる。

トサカケイコ

晴れた休日には公園でビールを飲む。トサカケイコは青空が好きだ。空はどの季節もいいものだ。いつも見ているから、違いがわかる。新発見ができる。まるでタツノオトシゴみたいな雲を見たことだってある。縦型の雲だ。みんなはそれをビールの魔法だろと呆れる。「違うの、あれは空のオトシゴ。絶対いいことあるんだってば」鼻の下に泡をつけたままケイコは言い張る。ケイコが青空焼き鳥パーティーを始めると、知らないひとまで次々加わり、乾杯する声がいつまでもつづく。しあわせはここにある。


1.

 

嵐の夜、サメハダ人魚がおちびちゃんを海へさらった。

泡立つ波にもまれて、おちびちゃんの手からおもちゃが離れた。

あたしは鳥としてそれを見ていた。

 

2.

 

おもちゃは海藻の森に引っかかっていた。巻きあがった砂でいくらか汚れたけれど、人間のかたちをなぞったかわいいおもちゃなのだ。表面はつるんとして、手も足も両目もついていて、どこもちぎれていない。前に海岸で見つけたのは、頭とからだがわかれてしまっていたし、くたびれきって汚れていた。壊れていないおもちゃが手に入るなんてうれしい。風がおさまって水が透きとおったら、じっくりつくりを鑑賞しよう。

おもちゃを咥えて寝ぐらへ帰るとサメハダ人魚があたしを待っていた。おちびちゃんをぎゅうっと抱えている。ふたりのまわりを螺旋に泳いで見てみると、おちびちゃんからいのちの色が抜けているのがわかった。サメハダ人魚が言った。

「動かなくなったんです。なおりますか?」

「なおらないよ。陸のものはここじゃだめなんだよ。今にブヨブヨにふくれてくるね」

「こんなにきれいなのに、ブヨブヨに? 動くようにするだけでいいんですけど、だめですか?」

「動かないのはこれも一緒だけどね。こっちはブヨブヨにならない。こういうのを探しなよ」

サメハダ人魚におもちゃを見せてあげた。さっきまで、おちびちゃんが大事に抱えていたおもちゃなのに、サメハダ人魚はまったく気づかない。おもちゃの頬を口先でつついて「固い、つまらない」と身を引き、おちびちゃんの小さな頭に頬をざらりと擦りつけた。そして、たなびく水流に羽ばたくような、かぼそいおちびちゃんの腕を自らの鮫肌に巻き取り、海底に腹をすりつけてヒトデみたいに這いつくばってあたしを見た。そのねっとりした目つきのせいで、からだがぬるぬるするようだ。あたしは砂地にはんぶん潜りこむ。砂煙が濃ゆくなる。その向こうでサメハダ人魚が言い募る。

「どうにかなおりませんか。あなたに私、ガラス壜をゆずってあげましたよね。ほかにもいろいろ遠くの浜から持ってきてあげた。これからだってあなたによくしてあげますよ」

確かにうちには、サメハダ人魚にもらったものがいくつかある。ペコンペコンとつぶれる透明な筒や、稲妻模様のほどこされた大きな輪っか、カラフルな木の棒がたくさん入った薄い箱。そんな他愛のない、あたし好みの飾りものを見つけるのが上手な人魚だ。

「これっきりだよ」

「ああ、あなたはやさしい魔女です」

「まあね、あたしはやさしい魔女だよ」

トゲトゲの巻き貝を取り出す。なかには先代から譲り受けた秘薬が入っている。それをひとつぶ、サメハダ人魚の左耳に詰めてやった。

「おちびちゃんを陸に戻したら、薬を鼻穴に吹き入れて、ようく体を振ること。胸のまんなかを両手で思いきり押す。何度か押して水を全部吐き出させる。動くようになるよ」

「そうしたら連れてきて大丈夫ですか?」

「聞き分けなよ、大丈夫じゃないよ、海に入れたら動かなくなる。動かしておきたいなら陸に戻しな」

「そうなんですか。とりあえず、動くようにします。薬をくれてありがとう」

 

3.

 

砂にまみれながらサメハダ人魚は苦労しておちびちゃんを縦に横に振り、胸や腹をでたらめに押して水を吐き出させた。あんまり力任せにやるものだから、おちびちゃんが壊れるんじゃないかと心配した。

そうして来た夜明け、イソギンチャクを頭から生やしたような人間が、転がっているおちびちゃんを見つけた。イソギンチャク頭が小さな板へなにかしらを呼びかけると、まもなく金属をつき刺すような音が聞こえてきて、そして急に止んだ。砂浜をふちどる石の丘の向こうだった。広場に大きめの白いクルマが停まっていた。中から人間が三人ばらばらと飛び出てきた。ちょっとだけからだの厚みや背丈が違うようだけれど、色も柄も同じ人間たち。あたしには見分けがつかない。きっと同じ卵から生まれた兄弟なのだろう。三兄弟は石の丘に登り、手を振って合図するイソギンチャク頭をはしこく見つけ、砂浜へ駆け降りる。

おちびちゃんは三兄弟に囲まれて、あちこち体を点検されて、あっという間に大きな板にのせられていた。三兄弟が大声で話しかけても肩を叩いてもおちびちゃんはよく寝ている。

三兄弟のひとりがイソギンチャク頭へ話しかけると、イソギンチャク頭は手に持っていた袋から貝殻なんかを取り出して見せながら、しきりに首を横に振っている。そのうち三兄弟はおちびちゃんを載せた板を担ぎ、足並みそろえて石の丘を越え、クルマの近くに置いていた別の板におちびちゃんを乗せかえた。三兄弟が短い呪文を唱えると、その板から脚が伸びあがった。おちびちゃんは板ごとクルマに入れられ、三兄弟も次々乗りこんだ。まもなくクルマは赤い光を灯し、金属的な音を鳴らしながら、海から遠ざかっていった。

波の荒い砂浜に残ったイソギンチャク頭は、小さな板に向かってしきりに話しかけていたが、そのうちおとなしくなり、ガラスのカケラや貝殻なんかを拾って、袋に放りこみ始めた。岩陰に潜むサメハダ人魚にはまったく気づかない。タコの吸盤みたいな視線を送られているのに。

あたしはすべてを鳥として見ていた。

 

4.

 

サメハダ人魚はたびたびあたしのところに来てねだった。

「ねえ、やっぱりどうにかあれを持ってくることはできませんか」

海の中では動かなくなると諭してもサメハダ人魚は理解しない。

これまでにも、陸の生き物に執着して海に引きこんでは「壊れた」と嘆く人魚がいた。彼らは制止を聞き入れないし、同じことを繰り返す。嘆きも一時。忘れることがひどくうまい。よく海上に顔を出す彼らは、記憶も感情も、風に吹かれて飛んでしまうのかもしれない。

そんな忘れ上手の人魚たちに、あたしはなにかと『よくしてやった』ものだ。

「じゃあ、わたしが陸に行く方法ならありますか? どうですか?」

サメハダ人魚もまたこれまでの人魚たちと同じ願いを訴え始めた。

 

かつて先代が忠告してくれた。

「人魚は際限ないからね。思いこみが激しいし、執着する。近づけすぎないことが大事。うまくあしらえないなら、ひとつの願いも聞かないほうがいい。どんなに彼らがめずらしい宝物をくれると言ってもね」

あたしは先代の言いつけを守れなかった。人魚が持ってくる、奇怪なもの、かわいらしいもの、どうしてもほしくなる。

もっとも、サメハダ人魚からの貢ぎ物には十分過ぎるほどの見返りを渡したと思う。壊れたおちびちゃんをなおしてやったのだから。今までのもの全部と引き替えとしても、ありあまる。

ぱくぱくと口を開け閉めする人魚。うつくしいはずの巻き毛も、つややかな声も、そのかがやきを失い、近頃では疎ましさばかりがふくらんできている。ゆうらりと動く尾だけが魅惑的にあたしの目を奪う。

「考えがないわけじゃない。あたしはやさしい魔女だから。でも、何をくれる?」

「なんでも!」

「あんたはとってもすてきだね」

 

5.

 

あたしは鳥になって、ねんごろにつきあう人間の棲み家へ飛んだ。そのひょろりとした肩に乗って囁いてやれば、なんだって人間はあたしの言うことをきく。人間の群れから孤立して、あたし以外に友達がいない。黒い岩場でひとりぽとぽとと目から水を垂らすくせに「さみしさを感じない」なんてあたしに強がる。そうして名前を捨てさせられた感情は、しつこく存在を主張してまとわりつく。とぐろを巻いているのが見える。こいつはさみしんぼうだ。

かわいいコトリを模したあたし。さみしんぼうの心を開くのはコトリの歌だけ、目に映るのはコトリのあたしだけ。

 

「コトリちゃん、一緒にお船に乗りましょう」

未明、さみしんぼうの動かすクルマで出発、港からあたしたちはおんぼろ船で沖へ向かう。

船を操る人間は年をとっているようだけど、さみしんぼうの数倍もからだががっしりして、岩礁みたいだ。さみしんぼうがひょろひょろした声と明かりで岩礁に指図して海に網を放たせ、サメハダ人魚を船に引き揚げた。岩礁が驚いて尻もちをつく。さみしんぼうは、あたしのお願い通りに、サメハダ人魚の鱗を剥いでくれる。こういうとき、人間の器用な手はすてきな道具だ。役に立つ。明けゆく東の空、サメハダ人魚がびちびちと跳ねる。サメハダ人魚に頭突きをされて、さみしんぼうはひょろりと倒れる。岩礁にサメハダ人魚の胴体を押さえつけさせ、また鱗を剥いでゆく。

サメハダ人魚の鱗はまるで浅瀬の海、太陽にきらめく光そのもの。あたしは鱗がないから、けっこう憧れていた。

鱗を十分に収穫させて、まだらになったサメハダ人魚を船のイケスに放りこむ。岩礁はぶるぶる震えながら額に浮いた水を拭って、イケスを覗きこんでいる。サメハダ人魚のまあるい黒目が瞬きもせずにあたしたちを見あげている。タコの脚みたいな視線は強烈で、もう船ぜんぶをくるんで吸いつくほど。まるであたしに裏切られたみたいな顔つきをしている。あたしは今まさに願いを叶えてあげているのに。さみしんぼうが岩礁の背をさすって弱々しい声で教えてやる。

「人魚の肉を食べると不老不死になるとかならないとか」

 

6.

 

サメハダ人魚は望み通り陸へ行き、もう海へは戻らない。

おちびちゃんは人間の群れに帰り、きっと海には近づかない。

 

7.

 

浅瀬のさざめく波みたいな鱗飾りが、あたしの一等のお気に入り。ときどき秘密の入江で太陽にかざして、影のゆらめきを楽しむ。

さみしんぼうにありがとうねと歌をさえずってやると、やつは「ずっとここにいてよコトリちゃん」とカゴを近づけてくる。もちろんあたしは窓の外へ飛ぶ。羽ばたきの風に消されながら、さみしんぼうの声がかろうじて聞こえる。

「じゃあ、ぼくをきみの世界に連れて行って」

あたしの世界に来たらすぐにブヨブヨになってしまうくせに、そんなことを言う。

さみしんぼうがどれだけ世界にたったひとりだろうが、あたしの願いをいくつ叶えてくれようが、決して海の寝ぐらには招かない。あたしは、やさしい魔女だから。

Day01_黄昏

 

西向きの部屋で縮こまっていたら、鳥がやってきて、「サイダーを用意しなさい」と私の頭をつつく。

「グラスには氷をたっぷり。ほら、ミントも浮かべなきゃ。さあ、窓を開けて」

ぬるい風がカーテンをゆらす。

宵の景色をグラス越しに見れば、まるで海底から見上げる水面。

ひとくち、鳥のサイダーを飲めば、私の吐く息はすこぶる重かったはずなのに、みるみる軽い泡になって逃げてゆく。

鳥は窓枠で胸を張った。

「嫌なことなど、はじけてゆくでしょう?」

 

______

Day02_金魚

 

ふた駅向こうの街の人らがあんまり嘘をつくので、神さまがいたずらして、嘘をつくたび、口から金魚が飛び出るようにしたらしい。

そう聞きおよび、鳥と見物に行った。

真っ赤な尾鰭がひらひらと、とてもきれいにいくつも宙を泳いでいた。

 

街のひとはみんな嘘に慣れていて、次々金魚を吐いて、いっそ楽しそうだった。

 

噴水前のベンチで様子を見ていたら、そのうち、嘘をついた人が金魚になって、金魚が人間になって、すっかり入れ替わってしまった。

うっかり嘘をつく前に、私たちは街を離れた。

 

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Day03_謎

 

今朝、起きたら右の頬に鳥の足跡が残っていた。

昨日は左の頬にあった。

思い返すと、ちかごろ毎朝、頬へ足跡がつけられている。

「なぜ私を踏むの?」

尋ねても、鳥は猫動画に夢中なふりをして答えない。

今度はその足を捕まえてやろうと思う。

 

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Day04_滴る

 

「雨はすごいですねえ、神さまの高さから飛んでくるんだもの。どんな羽を持っているんでしょう」

びりっと窓をふるわせる雷を怖がりながら、鳥は雨を褒める。

鳥は、自分が飛べない場所はみんな『神さまのいるところ』と信じている。

以前、こんな問答があった。

でも、鳥のいるところにだって、神さまはいるのじゃないかな。と、私。

だって、見えないし、聞こえません。と、鳥。

見えなくて、聞こえないものじゃないかな。と、私。

お互いにハテナを浮かべていたことを思い出しながら、ベランダの風鈴を外して、鳥の前にぶら下げた。

風鈴から滴る雨粒を、まるで神さまが触れたものであるかのように、鳥は見つめた。

 

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Day05_線香花火

 

窓辺でビールを飲みながら書き物をしていたら、星がパチパチっと火花をまとって、とろり、溶けて落ちた。

ひとつ、ふたつ、みっつ······

星々の線香花火。

鳥を呼び寄せた途端、空はぴたりと静かになった。

「今、星が花火みたいになってきれいだったんだよ」

「どの星座も、いつもと同じようですけどねえ」

「ほんとうなんだよ」

「まあ、星は星で、きれいですけどね」

ちらり、と鳥は350cc缶を見やって、視線で酔いをほのめかした。

たった5%のアルコールなんかでは酔えない。

上弦の月が我関せずと冷ややかな態度である。

 

 

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Day06_筆

 

鳥が尾羽に絵の具をひたして、壁に絵を描いた。

なんだかよくわからない絵だ。

わからないってなんだろう。

嫌いとも苦手とも違う。

わからないけど好きっていうこともあるけれど、そんな気はしない。

ただなんとなく気になるような。わからないから気になるのか。

出目金にも、雨の窓辺にも、夕暮れの群青にも見える。

「とどのつまり、これはなに?」

そう聞いてしまいたいけれど、降参するみたいで困る。

 

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Day07_天の川

 

鳥が帰ってこないから、窓を開けたままにしている。

鳥には鳥の約束があるのだという。時々、ハタハタっと飛んでいって、遅くまで戻らない。

冷蔵庫が鳴っている。

ひとりの夜は、足もとがぜんぶ透けて、宇宙へ浮かんでいる気がしてくる。

未発見の、名前のない星になったような頼りなさ。

ハチミツコーヒーを飲むべし。

 

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Day08_さらさら

 

今夜も鳥が帰ってこない。

 

来し方行く末を語らない鳥だ。

ある日とつぜん、台所の窓から飛びこんできたのだっけ。

今日も明日もここにいると思っていたけれど、もちろん約束なんてしていないし、するつもりもない。

だから、私が一緒に暮らせるのは、やはり鳥だ。

犬のぶ厚い愛情には耐えられない。応えきれず、私は家を出るだろう。

猫には喜んでかしずいてしまう。こんな不在があったら、心がぶるぶる痙攣して息もできないだろう。

鳥は、風と同じ。捕えておこうなんて考えない。

あれは羽があるから、私では届かない梢をゆらす生きものだから。行くも帰るもお好きにどうぞと、私が平気を決められるのは、鳥くらいだ。

 

なのに、なんども砂時計を逆さに返して、時間を数えている。

さらさら、砂つぶが流れて、ますます冷蔵庫の音がよく響く。

 

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Day09_団扇

 

ひんやり、おしぼりで目を隠されて休んでいた。

私は目隠しされているのに、白い手が団扇で風を送ってくれているのや、襖の向こうで大人たちが何事かを深刻そうに話し合っているのを知っていた。

油蝉がなにもかも焦がすように鳴くものだから、とうとう襖が燃え始めた。大人たちも燃えあがり、その中で鳥がばたついているのがわかり、私は鳥を助けなければと思った。

 

そこで、羽ばたく音が聞こえて飛び起きた。

叔母の葬儀は真夏だった。あの白い手は叔母のような気がする。叔母の顔を思い出せないのに、金魚すくいの時の、浴衣から出た白い手首を覚えている。

油汗が流れて、喉がひりひりと痛んだ。

左頬をなぞると、鳥の足跡があった。

鳥が水を飲んでいた。

「おかえり」

私の声がかすれて聞こえなかったのだと思う。鳥はお気に入りの棚へ飛んで身づくろいを始めた。

 

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Day10_くらげ

 

鳥が不在のあいだ、私も友人と海へ行ったのだけれど、くらげに刺されてしまった。

今日になってその皮膚が青く透けてぷるぷるとふくらんできた。

「ゼリーみたいですね」

鳥がつつくと、破れた穴から、ぬらり、青白いくらげが現れて、網戸をすり抜けて逃げて行った。

 

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Day11_緑陰

 

太陽は夏になると地球へにじり寄ってくる気がする。

あまり近づかれると生きていられない。

石の街、蜥蜴一匹、這う私。

真昼の信号待ちは、点字ブロックに真っ黒く焦げついてしまいそうだった。蝉が鳴いているのか、耳鳴りがしているのか、わからなくなった。ビルの影にオアシスの幻が重なった。

緑のしたたる川辺がいい。

週末、鳥を誘って森に行こう。

バスケットにはラムネとポップコーンを用意する。

 

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Day12_西瓜

 

電線上、鳥が、カラスから何かを受け取るのを目撃した。

ちらり、鳥はこちらを見たのに、見ず知らずな冷たい顔をして、そっぽを向いた。

なんだかとっても傷ついた。

 

帰ってきた鳥は、昼間の冷たい態度なんてなかったような様子だった。それにもちょっと傷ついた。

私の前を飛ぶとき、鳥が西瓜の種を落としたので、声をかけたら、あわててくわえて行ってしまった。

 

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Day13_切手

 

私と鳥はそろって、外国の古い切手が好きだ。

それは時も場所も、ここから遠い。

見知らぬ人々が送った手紙について、切手の図案を眺めて想像を語り合う。

交わす声の空白に、ふと思いついて尋ねた。

「いつか、君が別の人と暮らす時、手紙を書いてもいい?」

鳥は毛をすん、と、逆立てて、棚に隠れてしまった。

 

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Day14_幽暗

 

やっと鳥が棚から出てきた。

テーブルに降りるなり、西瓜に嘴をざくざくと立てた。

私が謝ると、ぐん、鳥は首を伸ばして言った。

「いいんです。あなたに悪意はないのでしょう。あなたにあるのは、現実。僕とあなたの世界との関わり方の違い」

「でも、その言い方は、棘があるね」

「ええ。まあ、葉っぱを葉っぱのまま食べる人だなあと思いましたから」

「どういうこと?」

「人の言葉でなんと言うのでしたか。実も鍋もない? 心臓にイラクサが生える?」

「ああ、なんとなく。はい」

「もしも、別の鳥と暮らす時には、あんな風には言わないであげてください。いつでも目の前の鳥だけって顔をしてあげてください。あなたは変に正直だから、難しいかもしれないですけど」

「気をつける」

「そうしてください。鳥のハートの取り扱いには注意して」

まじめくさって言って、鳥は種をひとつ羽に隠した。

 

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Day15_なみなみ

 

コップになみなみとサイダーをそそぎ、ゆらゆらゆれる気分を溶かして、泡がはじけるのを、じっと見ている。

 

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Day16_錆び

 

小雨のなか、鳥と散歩に出た。

ひとのいない公園でブランコがゆれている。錆びた音がする。

「まるでこの世の果てに来たようですね」

どことなく、嬉しげに、鳥が言った。

「そうだね」

なんとなく、嬉しく、私は応えた。

この世の果て、傘の下は、ふたりだけである。

 

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Day17_その名前

 

私は鳥の名を決めないし、鳥も私の名を知らない。

ふたりである限り、それは必要ない。

 

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Day18_群青

 

いつだったか、鳥が壁に描いた絵がある。

いさぎよい群青の一本の線が、空と海の境に見えてきた。

鉛筆でカモメを描き添える。

「これは、私」

つぶやくと、肩甲骨から翼がむくりと起き上がる気がした。

 

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Day19_氷

 

夏の月は溶けてしまうことがある。

町内会では、もしもの事態に備え、月齢ごとに当番を決め、各自の冷凍庫でスペアの月を製造している。

それをアイスとまちがって食べたため、宙に浮かんで降りられないのである。頭が天井につかえている。

「一緒に飛べるとはね」

鳥がハタハタと周りを飛んでいる。

 

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Day21_短夜

 

私の仕事は、〈途切れた夢〉の収集。

夏の夜の明け方には、結末のない夢がそこかしこに浮かんでいる。

網で捕獲した夢は、白紙の本に挟む。だんだんに夢はページに沁みこんで、色に変わり、図案に変わり、文字に変わる。一冊まとまると、社へ提出する。

短夜の、フィルムのヒトコマだけのような夢には買い手が多いと上司が言っていた。

夢との対話を嗜む人がいる。彼らはほんの切れ端だとしても、夢を執念深く追いかける。時々、パジャマ姿の彼らと、途切れた夢の捕獲を競争することがある。おおよそ彼らは寝起きでふらついているので、私が負けることはない。

 

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Day22_メッセージ

 

画集を眺めていると、鳥が、気に入ったページに羽根を落としてよこす。

 

あとになって、栞となった羽根を見つけるとき、うつくしいものを惜しみなく讃える羽ばたきの、軽やかな明るい音がページからあふれて聞こえる。

 

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Day23_ひまわり

 

暑さに耐えかねた人々が、ひまわりとなる現象が話題になっている。

スーツを着たひまわりが、いくつもアスファルトに倒れて焦げている。

わからなくもない。鮮やかに、華やかに、ひまわりになってしまいたい。

「私もひまわりになるかもしれないね」

「そうしたら、僕が種を食べてもいいですか」

鳥の嘴がするどくつややかで、ついばまれたらひどく痛そうである。

 

 

 

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Day24_絶叫

 

外を眺めていると、みんなオセロゲームをしているみたいだ、と感じる。

白を黒に変えるのも、黒が白に変わるのも、その数を競うのも、苦手だ。

 

内に鳥といると、私達は白にも黒にもならないでいられる。

ここは、絶叫の渦のなかのただひとつ静かな場所に思える。

 

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Day25_きらきら

 

細い路地の奥で、光の屑が柱のように立っていた。

屑のひとかけらずつが、忘れられた誰かの声の一部なのだと、鳥が言った。

夜明けに砕けた、夢の破片と似ている。

こんなにも忘れられた声があるなんて。

かけらになった光からは、もとの声を推察することが難しい。

ささやきを更に小さく、刻まれた言語が混ぜこぜに、まるで幾何学模様の万花鏡。

そこに重要な真実があるように思えて、目を閉じ聴覚を研ぎ澄ましても、耳は遠くのサイレンを捕まえるばかりだった。

 

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Day26_標本

 

鳥と私の遊びはささやかに無限だ。

からの標本箱をあいだにして、空想の植物について語り合う。

あえて、ひそひそと、世間には秘密のこととして、まじめに議論し、記録は残さない。

 

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Day27_水鉄砲

 

青天、道端にオモチャの鉄砲が落ちていた。

ひまわりに向けて、バン。

プラスチックの引き金をひく。

すると、

 

ドッ。

 

と、空から雨がひとかたまり降ってきた。

 

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Day28_しゅわしゅわ

 

「コップにサイダーを汲んでください」

めずらしく鳥が頼んできた。

透明なコップの前に佇んで、はじける泡を眺めている。

「なにか嫌なことがあったの?」

「いいえ」鳥は尾羽をしゃんと立て、

「とてもきれいだから。ただそれだけです」

やたら胸を張って答えた。

 

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Day29_揃える

 

こっそり、鳥の羽色と同じ色のインクを買った。

手帳に綴るたび、私も空を飛ぶ心地である。

 

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Day30_貼紙

 

『ラムネ冷えてます』という赤い文字に誘われた駄菓子屋に、私の鳥そっくりの鳥がいた。

暗がりの鳥篭で、行儀よくかしこまっていた。

他人の空似、他鳥の空似だろうか。

ラムネを飲む間、よくよく観察したが、確信が持てなかった。

鳥はときどき優雅に身繕いするのだった。

 

夜、風鈴をかすめて帰ってきた鳥は、まっすぐ棉の寝床におさまった。

「今日はどこに行ってたの?」

私が尋ねても鳥は答えず、小さな頭をからだに埋めて目をつむった。

「明日、祭りに行く?」

ちょっと大きめの声で尋ねると、目を閉じたまま、鳥は「ハイ」と返事した。

この鳥は、ときどき耳が遠くなる。ただ、遠くなるだけだから、私は気にしない。絶対、気にしないのだ。

 

 

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Day31_夏祭り

 

どどん。

空に花火が爆ぜた音に驚き、鳥が私の肩から落ちた。

ぱらぱらぱら、と火花が散って、肩に戻る。

「たまやー」

小さな声で云ってみる。

夏が過ぎてゆく。

ひるる、どどん、ぱらぱらぱら。

一分が、一秒が、こぼれ散って、消えるのか、積もりゆくのか。

砂時計なら逆さにして繰り返せるけれど、世界は色を変えて巡れど同じ場所には戻らない。

 

明日も明後日も肩に鳥が止まる、とりとめもない日々を暮らせますようにと願うだけなら、私も私を咎めやしない。

ひるるる、どん、ぱらららら。

 

「たまやーとは?」

鳥が訊いてきたので、「願いの掛け声だよ」と教えておいた。

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